今後の地震予測


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地震の確率東日本大震災後
1976年以来「いつ来てもおかしくない」と言われ続けて早30年経った頃、2006年3月、地元の静岡新聞1面のトップを飾ったのは「東海地震説≪間違い≫石橋教授見解」と出たのです。
そもそも、どうして今のような考えが全国的に行き渡ったかというと、東海沖は長期間地震が起きていない事や、測定による、岩盤の変形などから、1976年地震予知連絡会で、当時、東大助手であった石橋氏が「巨大地震がいつ起きてもおかしくない」と発表したのが発端でした。
つまり「東海地震は100年から150年間隔で繰り返されており、前回から122年過ぎていたから、近々起きても不思議ではないと考えた」らしいのです。
これにより、地震防災強化をかかげ、地震予知や防災の名の元に東海地方に巨額なお金がつぎ込まれました。1979年から2004年までに静岡県の地震対策費は1兆6833億円(内、約3600億は補助金)と、莫大なものです。2009年8月に起きた震度6弱は、東海大地震とは関係ないとされました。
研究が進むほど、地震の予知は難しいことがはっきりし、2013年には別の部会が「確度の高い予測は難しい」との見解をまとめています。
そして2017年、東海地震の予知を前提とした「大規模地震対策特別措置法」の仕組みが約40年ぶりに見直されようとしています。予知は困難だとして、新たに現実的な防災、減災対策に取り組むよう切り替えるのです。
869年に東北地方で貞観地震が起きました。それは東日本大地震程度の大規模の地震だったそうです。その9年後には関東地方で大きな地震が起きています。

それから続いて9年後には南海地震と、太平洋側では大きい地震が連続的に起きていたのです。ただし貞観地震の5年前には、富士山が噴火しています。現在はこの時代のような、地震の活動期に再び入って来たとされています。

M9.1のスマトラ沖地震後、地震が起きたエリアの外側が拡大して、その領域でM8クラスの誘発地震が起きました。3ヶ月後にM8.6、7年後にもM8.6という巨大地震が起きています。
2011年3月の東日本大地震で地盤が大きく割れましたが、未だに割れ残っているところがあるようです。今後はそれらが次から次へと割れるという予測が地球科学者達の常識のようです。
起きた地震がM9とすると、割れ残りはそれから1引いたM8になると。未だにM8の地震は起きていないので、これから起きる可能性があります。
北は北海道の十勝沖あるいは、下北半島沖、ここで起きる可能性があといわれています。南側では、千葉県の房総沖の可能性が指摘されています。
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首都圏の予測京都の予測
2011年4月、東京大地震研究所のグループは、東日本大震災で起きた地殻変動の影響で、首都圏の地盤に力が加わり、地震が起きやすい状態になっているとの解析結果を発表。
首都圏で過去24年間に起きた約3万の地震で破壊された領域が、大震災でどのような影響を受けたかを解析。結果は、大震災後に発生した地震の分布ともほぼ一致。同研究所では、国の地震調査委員会が今後30年間に70%の確率で起きると予測しているマグニチュード7級の南関東の地震が誘発される可能性があるとしています。
震源が30キロよりも浅い地震は静岡県東部から神奈川県西部で、30キロよりも深い地震は茨城県南西部、東京湾北部で起きやすくなっていることが判明。
東日本大震災後、京都大防災研究所は「歴史的には、京都も度々、大地震の被害に遭っている」とし、「京都市南部を中心に、今後30年以内に震度6弱以上の揺れに見舞われる可能性がある」と警告。
京都の内陸部で大きな被害を出した直下型は、確実な記録として最も古いものは976年に起きたM6.7以上と推定される地震で、滋賀県を含め、死者は50人以上。その後、1185年、1317年、1449年と発生、1596年には「慶長伏見地震」で、豊臣秀吉が築いた伏見城の天守閣が大破し、約600人が圧死するなどした。
そして、200人余が死亡した1662年、死者280人と負傷者1300人を出した1830年と続くが、以後、180年以上起きていない。一方、海に面する府北部では、1927年に現在の京丹後市域で約2400人が死亡した北丹後地震が発生しています。
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南海トラフ地震予測アリューシャン列島地震
南海トラフ地震として古文書から判断すると、684年の白鳳地震があげられます。この後、何度か起こり、最近では1707年宝永地震、1854年安政地震、1944/1946年昭和地震が南海トラフ地震と考えられています。被害記録から、各地震の大きさは、宝永地震は「大」、安政地震は「中」、昭和地震は「小」となり、高知県室津港での地殻変動による隆起量もそれぞれ、大、中、小となっています。
この考え方によると、大きな地震の後は次の地震までの時間が長く,小さな地震の後は短いということになります。よって大きい宝永地震の後が147年、中の安政地震の後が90年、小規模の昭和地震の次は90年よりも短いということになります。すでに昭和東南海地震・南海地震から74年・72年が経ち、地震発生の経過年と共に毎年発生確率が高まりますので、2018年2月、今後30年間での確率が従来の70%程度から70~80%へと、見直されたました。
2017年7月18日、アリューシャン列島にあるロシア領コマンドルスキー諸島を震源とするM7.8の地震が発生。

過去100年、アリューシャン列島ではM8クラスの巨大地震が何度も発生してきましたが、今回の震源地はM7以上の地震が起きていない“空白域”といえる地域でした。実はこの地震前後に、太平洋プレート境界付近で、M6クラスの地震が何度か起きていたのです。

7月6日:フィリピン、M6.5
7月11日:ニュージーランド南島沖、M6.6
7月13日:パプアニューギニア、M6.4
7月17日:アリューシャン列島、M6.2
7月18日:アリューシャン列島、M7.8
9月19日:メキシコ、M7,1
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今後の地震予想ー2 を参照に